京都地方裁判所 平成6年(ワ)773号 判決 1996年2月27日
原告
栗栖日枝子
同
藤田美惠
同
張村朱美
同
山本菊美
右四名訴訟代理人弁護士
渡辺馨
同
稲村五男
同
荒川英幸
(他八名)
被告
株式会社よしとよ
右代表者代表取締役
竹内彦三
右訴訟代理人弁護士
山名隆男
主文
一 原告らがいずれも被告の従業員であることを確認する。
二 被告は、平成五年一〇月以降毎月二五日限り、原告栗栖に対し金二二万〇一四三円、原告藤田に対し金一六万九三三三円、原告張村に対し金一八万六三三三円、原告山本に対し金一三万〇二六六円をそれぞれ支払え。
三 被告は、原告栗栖に対し金一五万八九三八円、原告藤田に対し金一二万〇九五三円、原告張村に対し金一三万七九九三円、原告山本に対し金九万八六五六円をそれぞれ支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一原告らの請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、被告がなした解雇の意思表示が無効であるとして、原告らが被告の従業員であることの確認と解雇の意思表示以後の賃金(平成五年九月支払分の一部(同年八月二一日から同年九月一五日までの賃金)及び同年一〇月以降支払分の全部)の支払いを求めた事案である。
一 争いのない事実
1 当事者等
被告は、旅行用品類、土産品、刃物、金物の販売等を業とする株式会社で、京都駅観光デパート(以下「観光デパート」という。)に販売店を置き、ポルタに従業員を置かない販売委託のスペースを持っている。被告は、収益の大半を観光デパート店での販売に依存している。
原告栗栖、原告藤田、原告張村は正社員、原告山本はパートとして、被告に雇用され、毎月二五日に賃金の支払いを受けていた。本件解雇前三か月の平均賃金額は、原告栗栖が金二二万〇一四三円、原告藤田が金一六万九三三三円、原告張村が金一八万六三三三円、原告山本が金一三万〇二六六円であった。原告らは、全日本運輸一般労働組合京都地域支部のひろば分会(以下「分会」という。)に所属している。
本件解雇当時、観光デパート店の店員は、原告ら及び宮下久栄(非組合員)の合計五名であった。観光デパートが京都駅舎の建て替えに伴い解体されたため、被告は、平成五年一〇月一日以降仮店舗で営業している。JR西日本の子会社である株式会社京都駅観光デパート及び京都ステーションセンター株式会社は、それぞれ観光デパート、ポルタを経営している。
分会と被告との間には、昭和六〇年二月四日付けで「組合員の身分、賃金、労働条件等の問題については会社は事前に組合と協議し、労使双方同意のうえ円満にこれを実施する。会社の経営状態を充分考慮して行う。」旨の協定(以下「人事同意約款」という。)がある。
2 本件解雇に至る経緯等
分会と被告は、平成五年三月八日、春闘問題について団体交渉を行った。竹内順子及び武村子は、同年四月二三日、新たに被告の取締役に就任した。被告は、同年六月一四日の団体交渉の席上、同年七月一五日までに希望退職を募る旨通告した。分会は、同月七日、京都府地方労働委員会に対し、斡旋を申請したが、同年八月六日、不調に終わった。被告は、原告ら及び宮下に対し、同月七日付け書面で、同月二〇日を期限に五名の希望退職を募ること、この申し出がない場合には同月二一日付けで解雇すること、パートとして二名を雇用するので希望者は申し出ることを通知した。分会と被告は、同月一七日及び一九日に団体交渉を行ったが合意に至らなかった。原告らは、同月二〇日、被告に対し、分会を通して、解雇について異議を留めつつ、パートに応募する旨意思を表明した。
3 本件解雇等
被告は、平成五年八月二一日、原告らに対し、同日付けで解雇する旨の意思表示をした。被告は、原告らに対し、解雇を認めたうえでパートに応募するように通知した。原告らは、いずれも平成五年九月二日に実施されたパート採用の面接を受けなかった。そして、被告は、パートとして、宮下を採用した。
二 争点(本件解雇の適法性――解雇権の濫用にならないか)
1 本件解雇が整理解雇の要件を満たすか
(原告らの主張)
(一) 人員整理の必要性なし
被告の売上げが減少していたとしても、役員報酬及び従業員の賃金を切り下げるなどすれば充分対応できたから、人員整理の必要性はなかった。
(二) 整理解雇回避の努力せず
被告は、役員報酬及び竹内司郎の賃金を切り下げ(その額は不十分であるが)、原告ら及び宮下を対象に希望退職を募った以外に、解雇を回避するための努力をしていない。かえって、パートの武村(六八歳)が取締役に就任した。また、原告らが、解雇を争うことを留保しつつパートに応募したところ、被告は、採用するには、解雇を認め、退職金等を受け取ることが前提である旨通知した。
(三) 被解雇者選定基準の不合理性
被告は、勤務状況、健康状態、能力、年齢、解雇により受ける打撃の程度などを考慮することなく、竹内司郎(土日祝日は休み、平日は夕方から出勤)や斉藤信造(八五歳、自由出勤)を希望退職、解雇の対象にせずに、原告ら(働き盛り)及び宮下(定年を過ぎている)だけをその対象にした。
(四) 解雇手続の不合理性、非相当性
被告は、希望退職、解雇に固執し、賃金切り下げ等の交渉をすることを拒否した。また、分会の要求にもかかわらず、被告は、過去一年間の「試算表」と題する単年度の損益に関するメモを開示しただけで、被告の財産状況が分かるような貸借対照表や損益計算書等の資料を開示しなかった(コピーを取らせなかった。)。このように、被告は、分会と人事同意約款を締結していたにもかかわらず、誠実に分会と協議をしなかった。
(被告の主張)
(一) 人員整理の必要性
平成二年度以降被告の売上げは減少傾向にあったところ、平成五年度以降は更に大幅な売上減が予測された。そこで、被告は、パート店員の労働時間を減らして無給の店員で賄い、役員報酬及び賃金を切り下げたが、それでも役員報酬及び賃金に未払が生じた(喬雄は平成二年二月以降の役員報酬を受け取っておらず、司郎は同月から平成四年七月までの賃金を受け取っていない。)。そして、被告は、資産といえるものはなく、このままでは倒産するので、人員削減、正社員からパートへの身分変更の措置を採って、人件費を大幅に削減する必要があった。そこで、喬雄は、自宅を担保に入れて借金をし、原告らに対し、退職金及び解雇予告手当を支払った(供託した。)。
(二) 整理解雇回避の努力
被告は、京都府地方労働委員会での団体交渉の席上、一時帰休、希望退職の退職金を三割増にすることを提案した。しかし、分会は、これを受け入れなかった。
被告が希望退職を募ったところ、誰も応じなかったので、解雇する以外に方法がなかった。被告がパートとして二名を再雇用することにしたところ、原告らは、パート採用の面接を受けなかった。被告は、解雇を争っている者を再雇用にあたるパート採用をするわけにはいかなかった。
なお、武村を取締役にしたのは、労働者の賃金保障制度から外し、賃金の切り下げを適宜可能にするためである。
(三) 被解雇者選定基準の合理性
原告らの職務には特別の技能は必要なく、代替性があるところ、司郎は店長、武村は経理担当者であって(いずれも常勤)、いずれも代替性がないうえ、司郎及び武村は、賃金切り下げに同意したので、被告は、司郎及び武村を希望退職、解雇の対象にしなかった。また、斉藤は、被告の要求によりいつでも退職すること(実際、その後退職した。)及び賃金切り下げに同意したので、希望退職、解雇の対象にするまでもなかった。
これに対して、原告らは、希望退職にも賃金切り下げにも応じないばかりか、夏期一時金の支払を要求した。そこで、被告は、パートでの再雇用の平等を期するために、パートの原告山本及び宮下も含めた全店員を解雇した。
(四) 解雇手続の合理性、相当性
人事同意約款は、非常時には適用されないか、適用されるとしても、被告が同意を得る努力をしたにもかかわらず、同意が得られなかった場合には被告を拘束しない。被告が、分会に対し、経営の実情や見通し、人件費削減、解雇の必要性を説明して協力を求めたところ、分会は、雇用の確保に固執し、これを被告が認めるのが交渉の前提であるという態度を採って、被告の説明を聞かなかった。また、分会は、賃金切り下げに応じる態度はなかった。
また、貸借対照表や損益計算書等の資料を開示した。なお、コピーを取らせなかったのは、外部へ流出することを恐れたからである。
2 本件解雇が不当労働行為にならないか
(原告らの主張)
株式会社京都駅観光デパート及び京都ステーションセンター株式会社は、一貫して分会員らの活動を嫌悪し、その活動を妨害してきた。そして、被告は、JR西日本、株式会社京都駅観光デパート、京都ステーションセンター株式会社の圧力に屈して、職場から分会員を排除しようとして、本件解雇をなした。
また、被告は、パートを再雇用するにあたり、非組合員の宮下を採用した。
(被告の主張)
被告は、専ら倒産を回避するために本件解雇をなした。
また、被告は、原告らがパートに応募することを拒否していない。被告は、原告らがパート採用の面接を受けなかったので、面接を受けた宮下を採用しただけであり、差別的な取り扱いはしていない。
第三争点1に対する判断
一 整理解雇の要件
会社が整理解雇をするにあたっては、左記の要件を満たさなければならないというべきである。
記
<1> 人員を削減する経営上の必要性があること
<2> 解雇を回避する努力を尽くしたこと
<3> 被解雇者選定基準が合理的であること
<4> 組合及び労働者の納得を得るために説明、協議を行ったこと
二 認定事実
そこで、前記一<2>ないし<4>の要件について検討する。前記争いのない事実及び証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
1 人事同意約款締結の経緯等
昭和六〇年、被告が経営危機に陥ったことから、同年一月、職場と雇用を守るために、分会が結成された。そして、分会と被告は、同年二月四日付けで、「組合員の身分、賃金、労働条件等の問題については会社は事前に組合と協議し、労使双方同意のうえ円満にこれを実施する。会社の経営状態を充分考慮して行う。」旨の協定を締結した。また、被告は、分会に対し、毎月の試算表、年度末の決算等の資料を開示し、そのコピーを交付した(これは平成元年六月まで続いた。)。そして、喬雄を除く役員が退任し、また、従業員二名が退職して、喬雄と原告栗栖を含む従業員六名で営業することにし、勤務時間の延長、夏期一時金の凍結を実施して、経営危機を乗り切った。
2 本件解雇に至る経緯等
被告は、平成四年一二月ころから、分会に対し、経営が思わしくない旨表明するようになり、平成五年三月ころ、役員報酬及び司郎の賃金を切り下げた。そして、分会と被告は、同月八日、春闘問題について団体交渉を行った。その後、分会と被告は、何回か団体交渉を行ったが、被告は、同年六月一四日の団体交渉の席上、同年七月一五日までに希望退職を募る旨通告した。そこで、分会は、被告に対し、その方針を撤回し、経理資料を公開したうえ、賃金及び労働条件の切り下げ等の経営危機対策について協議するよう求めた。しかし、被告は、分会に対し、顧問税理士が作成した「試算表」と題する単年度の損益に関するメモ(利益の内部留保も分からないもの)を交付しただけであった。
そこで、分会は、平成五年七月七日、京都府地方労働委員会に対し、<1>春闘、夏期一時金について、<2>希望退職募集の撤回について、斡旋を申請した。そして、分会は、具体的な解決案を提供するためにも、過去数年分の貸借対照表や損益計算書等の開示、コピーを取ることを要求したところ、被告は、同月一四日の団体交渉の際、厚さ約五〇センチメートルにもなる貸借対照表や損益計算書等の資料を持参した。その際、被告は、右資料の閲覧、控えを取ることは認め、経営状態について質問があれば、説明する旨言ったが、右資料のコピーを取ることは認めなかった。そして、同年八月六日、斡旋は不調に終わった。
被告は、原告ら及び宮下に対し、平成五年八月七日付け書面で、同月二〇日を期限に五名の希望退職を募ること、この申し出がない場合には同月二一日付けで解雇すること、パート(時給金六五〇円)として二名を雇用するので希望者は申し出ることを通知した。その際、被告は、司郎は店長であり、賃金切り下げにも応じていたので、武村は賃金切り下げに応じていたので(なお、最低賃金制の保障を受けないようにするため、武村を取締役にした。)、斉藤は、対外折衝が得意であり、何時でも退職する旨約したので、いずれも希望退職及び解雇の対象にしなかった。分会及び被告は、同月一七日及び一九日に団体交渉を行ったが合意に至らなかった。そして、原告らは、分会を通して、同月二〇日、解雇について異議を留めつつ、パートに応募する旨意思を表明した。これに対して、被告は、原告らに対し、同月三〇日付け書面で解雇を認めたうえでパートに応募するように通知した。
3 本件解雇等
被告は、平成五年八月二一日、原告らに対し、同日付けで解雇する旨の意思表示をした。原告らは、いずれも同年九月二日に実施されたパート採用の面接を受けなかった。そして、被告は、同月三日付けで、パートとして、面接を受けた宮下を採用した。
なお、武村(七〇歳くらい)、斉藤(八五歳くらい)、宮下は、五五歳の定年を過ぎていたが、原告らは、定年に達していなかった。
三 判断
1 前記一<2>について
希望退職の募集は、労働者の自主的な決定を尊重しうる点に意味があるところ、前記認定事実によれば、被告は、希望退職を募ってはいるが、他方で、これに応じなければ、対象者全員を解雇するというものであるから、原告らに退職しない自由はなく、被告の方針は、右希望退職募集の趣旨にそぐわないといえる。
また、被告の意図した人件費削減を行うためには、三名の従業員を解雇し、引き続き在職する二名の従業員について賃金等の労働条件を切り下げる方法を採っても達成できるのに(労働条件の変更に応じなければ、そのときに更に解雇等の措置を検討する。あるいは、被解雇者の選定の基準の一つとして、労働条件の変更に応じる意思の有無を考慮する。)、前記認定事実によれば、被告は、五名全員を一斉に解雇しており、解雇回避の手段として相当とはいえない。
さらに、前記認定事実によれば、被告は、本件解雇後に二名のパートを採用する予定であったところ、原告らが解雇を争うことを留保しつつパートに応募したことに対し、被告は、解雇を認め、退職金等を受け取ることが前提であるとして、これを拒否している。この点について、被告は、解雇を争っている者に再雇用はあり得ない旨主張するが、前記認定事実によれば、採用予定が二名であるのに対し、被告は五名の従業員を解雇しているから、原告らのうち、少なくとも二名はパートとして採用されないことになるところ、本件解雇の適法性につき疑問を持っている者に対し、解雇を認めなければ、パートとして採用しない(本件解雇を争うか、パートとして採用されることを期待するか、の選択を迫る)という方針は、原告らの地位を無用に不安定にするものであり、従業員の身分保障の趣旨に反する。
右各点からして、被告は解雇を回避する努力を尽くしたとはいえない。
2 前記一<3>について
被告が本件解雇をするにあたって、正社員とパートの身分、年齢、労働能力、解雇により受ける打撃の程度などを考慮したことを認めるに足りる証拠はないところ、前記認定事実によれば、被告は、原告ら及び宮下についてだけ希望退職及び解雇の対象とし、五名全員を解雇した後パートとして二名を再雇用という方針を採っている。そこで、司郎及び斉藤に特別な能力があり、武村及び斉藤が賃金切り下げに同意していたとしても、前記認定事実によれば、武村、斉藤、宮下が既に定年を過ぎているのに対し、原告らは定年に達していないのであるから、被告がこれを考慮していないのは、それだけで被解雇者を選定する基準の合理性を疑わせる。
3 前記一<4>について
人事同意約款につき、分会の同意まで要するか否かについては争いがあるが、事前に協議をしなければならない点については争いがない。したがって、同意まで要するか否かはさておき、被告は、組合及び労働者の納得を得るために誠実に説明、協議を行う義務があるというべきである。そして、分会が解決に向けて被告と協議をするためには、被告の経営状態を把握することが不可欠であり、そのためには、貸借対照表や損益計算書等の資料を十分検討する必要がある。また、右資料が膨大な量になること、短時間で控えを取ることは困難であることを考慮すれば、右資料の閲覧だけでなく、コピーを取ることを認める必要がある(被告は、コピーを取らせなかったのは、外部へ流出することを恐れたからである旨主張するが、前記認定事実によれば、被告は、従前、分会に対し、年度末の決算等の資料のコピーを交付していたところ、これによって、何らかの不都合があった事実を認めるに足りる証拠はないから、被告の主張は採用できない。)。それにもかかわらず、前記認定事実によれば、被告は、「試算表」と題する資料を交付しただけで(「試算表」の作成者が被告の顧問税理士であることを考慮すれば、分会がその信用性に疑いを差し挟むことは、あながち不合理とはいえない。)、貸借対照表や損益計算書等の資料については、京都府地方労働委員会での団体交渉の席に持参し、その控えを取ることを認めただけで、分会の要求にもかかわらず、コピーを取ることを認めなかったのであるから、被告は、誠実に説明、協議を行ったとはいえない。
4 まとめ
右の諸事情を考慮すれば、仮に前記一<1>の要件を満たすとしても、本件解雇は、解雇権の濫用であって違法なものというべきである。
第四結論
よって、原告らの請求は、いずれも理由がある(仮執行宣言は相当でないので付さない。)。
(裁判官 磯貝祐一)